カテゴリ: 浮き世


きみの唇に触れたのは
初めて知った恋なのか
意地を張った夢なのか
幼かった、夏の日に
ぼくはバスの影を見た

静寂の中、気がつくと
一人の女子が心にいた
ありふれた恋だった
中学時代、ぼくは一人
バスを探っていた

きみを乗せたバスが
見えなくなるまで
ずっと目で追っていた
高校時代、そのバスが
ぼくのすべてだった

ここでは恋をしないんだ
と心に言い聞かせて
過去の人を追っていた
東京時代、バスはまだ
ぼくの中を走っていた


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波に乗る風 涼やかに
ああ映し出す 月影
夢のような 時は過ぎ
短すぎる 夏の夜

君は一人 浜に立ち
波寄際に うるわしく
ああ風の音 波の音
短すぎる 夏の夜

 そして君は ぼくを呼ぶ
 貝殻片手に ぼくを呼ぶ
 そっとこの手を 握りしめ
 肩に頬を すり寄せて

 夢のような 夏の夜
 椰子鳴る音も さわやかに
 そっと見守る 月も笑い
 二人の足跡 映し出す

星の光 涼やかに
ああ夜に舞う 妖精
か細いその手 鮮やかに
短すぎる 夏の夜


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夜も濃くなる街 寂しさだけの遠吠え
雨もやんだばかり もう傘をたたんで
 通りすぎていく車 照らしていくネオン
 いっしょに歩こう たった二人だけで

雲の透き間の星 かすかに影を映し
夢のようなランデブー 公園のベンチは濡れ
 何もかも忘れ すべてはひとつ
 いっしょに歩こう たった二人だけで

時の間に水は落ち 気がつくと空に月
水たまりに目を落とし まぶしさに目を閉じる
 もうすぐ夜は明ける 小鳥たちはうたう
 いっしょに歩こう たった二人だけで


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就職をした頃のこと
職場の掃除をやっていると、
後ろから「すいません」という
小さな声が聞こえた。

振り向くとそこにいたのは、
初めて見る同期の女性。
その時突然ぼくの目に、
浮かんだ一つの光景──

 赤いエプロンを着けて、
 台所の向こう側で、
 笑顔でうなずきながら、
 料理している彼女の姿。

その時はただの疲れだと、
気にもとめなかったけれど、
なぜか偶然が重なって、
二人はつきあい始めた。

その後ぼくたちは結ばれ、
二人で生活を始めた。
居間でくつろぐぼくの目に、
映った一つの光景──

 赤いエプロンを着けて、
 台所の向こう側で、
 笑顔でうなずきながら、
 料理している彼女の姿。

出会った頃は疲れだと、
気にもしてなかったけれど、
あのとき浮かんだ光景は、
未来の一コマだった。

 赤いエプロンを着けて、
 台所の向こう側で、
 笑顔でうなずきながら、
 料理している彼女の姿。

今もぼくたちは二人で、
ありふれた生活をしている。
テーブルのイスにさりげなく、
かかる赤いエプロン。


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大きく開いた空の下を
夏、きみと二人で歩いていく
静かな風は汗をぬぐって
蝉の輝きは時を止める

遠くで子供達が野球をやっている
カビの生えた思い出が日にさらされ
今にも飛び出しそうなぼくの幼さを
きみは笑って見つめている

そうだこの夏、海へ行こう
忘れてきたふるさとの海へ
きみと二人で子供になって
忘れてきたふるさとの海へ

 お祭りの夜、二人で浴衣着て
 いっしょに金魚すくいやろうよ

幼い頃の想い出が
ぼくの夏を駆け巡る
一足早いぼくの夏を
きみは笑って見つめている
      (1978年6月作)


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