カテゴリ: 過去ログ選


 前の会社にいた頃の話。昼食後、ぼくはいつも自分の車の中で寝ていたのだが、そこで時々不思議なことが起きていた。何者かが車内で横になっているぼくのお腹の上に乗り、ドンドン飛び跳ねるのだ。
『誰だ!?』と目を開けても誰もいない。おかしいなと思いながら目をつぶると、しばらくしてからまた飛び跳ねる。おかげでゆっくり昼寝が出来なかった。

 ところで、かつてぼくのいたその会社は、いつも水に祟られていた。プロの水道屋さんが水道管を破ってしまって、社内の床が水浸しになったとか、専門業者が来て消火栓を点検していると、なぜかホースが外れて天井から水が降ってきたとか、とにかく普通では考えられない水の事故がしょっ中起きていた。

 昔からその地に住んでいる人に聞いてみると、そこは元々池があって、その会社が建つ時にすべて埋めてしまったということだった。池にしろ川にしろ、元々水場だった場所は、不思議と水を呼ぶものなのだ。それはそこに棲みついている『何者か』が、奪われた水を呼び寄せているからだ。

 さて、冒頭のぼくの腹の上で暴れる『何者か』だが、その水を呼び寄せている『何者か』と同一のものではないのだろうか。同じ場所に『何者か』が二ついるとは考えにくいからだ。
 では、その『何者か』とは何者なのか?ぼくはそれを『河童』だ思っている。もともと河童伝説のある地域だし、あながち外れではないのではないか。


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・・・あの男が誘ってきたのよ。いやに馴れ馴れしく近寄ってきてね。
わたし断ったわ。だって興味なかったんだもん。
ところが彼、何度も何度も誘ってくるのよ。最後には泣きだしてね。
それで、一回だけならということで受け入れることにしたの。

どうでもいいことだけど、彼、わりと淡白だったわ。その淡白のイッた顔を見たときね、なぜかわたし、彼がおいしそうに見えたの。それで食べたくなったわけ。きっとタンパク質を連想したんだろうね。

彼が二度目をやるのはわかっていたわ。そこで、彼が入ってくるタイミングを狙って、頭からガブリとやってやった。
これで終わったと思っていたら、彼、まだ腰を振っているの。ヘンでしょ?もう頭がないのによ。
あまりに気持ち悪かったんで、わたし全部食べてやったわ・・・

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      (現場検証中の容疑者)

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三十代の前半だったか、足繁く
飲み屋に通った時期がある。
思い起こせば不機嫌な生活を
強いられた時期だった。
とにかく毎日がうつむき加減で
首や肩のこる毎日だった。

足繁く飲み屋に通ったのは、そんな
不機嫌で肩や首のこる生活から
少しの時間でも逃げ出したいという
一心からだった。

飲むとぼくはいつも饒舌になった。
顔見知りの人、初対面の人、
そんなこと関係なく、とにかく
酔いの中に人を見つけると
ぼくは大いにしゃべり続けた。
その饒舌に乗せられて、数々の
迷言が口から滑り出たものだった。

そんな迷言の中の一つに
「青春とはインキンの痒みである」
というのがあった。
どういう経緯からその言葉が
出たのかは憶えてないが。
これがウケにウケたのだった。
その辺にいたおっさんたちが口々に
「その通り!」と賛同する。

きっとその時そこにいた人たちは
ぼくと同じく、不潔で臭く
痒く痒くしつこく痒く、また痒く
掻きすぎて痛く、痛くて痒く・・
地獄のような青春を送ってきた
優しい男たちだったのだろう。


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 国にぜひやってもらいたいことがある。25歳、35歳、45歳になる男女に義務教育を受けさせるということだ。

 25歳は初等中年学校に入学し、中年の心構えを教わる。
 35歳は中等中年学校に入学し、中年生活のチェックと軌道修正を行う。
 45歳は高等中年学校に入学し、理想の中年を作り上げる。
 すべて男女共学の1年制で、その間は仕事をしてはならない。
 とする。

「えー?この歳になってまた学校かあ」
 と思う人もいるだろうが、良い面もある。
 25歳で独身の人は、将来の伴侶とめぐり逢うチャンスがある。
 35歳で倦怠期の人は、結婚生活を見直すチャンスがある。
 45歳でバツ1の人は、再婚者と出会うチャンスがある。
「初等で失敗したけど、中等か高等でまた探せばいいや。それまで適当に遊んどこ」
 と人生を前向きに捉えられる。
 この効果で出会い系サイトは止めざるを得なくなり、迷惑メールも減っていくだろう。

 もう一度修学旅行に行ける、というのもある。
「もう二度と経験できないと思っていたでしょう?でも、もう一度経験できます」
 というキャッチコピーを政府は使える。遠足もある。体育祭もある。もちろん部活もある。

 中年野球もある。3大紙で唯一高校野球をやっていない読売が主催すればいい。
「読売新聞主催 第1回全国中年学校野球選手権」
 となるだろう。

 青春に対し中春という言葉ができるだろう。
「中春を謳歌しよう」と言ったり、「中春時代」という歌が流行ったりして。

 教科書や教材や学用品が必要となるため、その方面の業種が潤い、景気も少しは回復するだろう。

 学校は廃校になった校舎を使えばいい。
 公立だけでなく、私立も当然できるはずだから、少子化で困っているところには朗報となるだろう。そうなれば、私立のいい中年学校に入ろうとする人間も出てきて、中年学校進学予備校もできるだろう。

 なんだ、いいこと尽くしじゃないか。
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 小学生の頃、誰よりも成長の早い子がいたとしよう。成長が早ければ、もちろん下の毛も誰よりも早く生えてくる。それを運悪く同級生に見つかってしまったとする。おそらく、彼のあだ名は『チ○ゲ』で決まりだろう。最悪の場合、女子からも「チ○ゲ君」と呼ばれるだろう。

 小学生の頃のあだ名というのは、なかなか消えるものではない。中学に入ってから、周りのみんなが生え揃える頃になっても、彼は相変わらず『チ○ゲ』と呼ばれている。
 高校に入ってからも、そこに同じ中学校出身の人間がいた場合、その人は彼のことを
「こいつのあだ名は『チ○ゲ』だった」
 と紹介するだろう。そうなると、いくら本人が嫌がっても、『チ○ゲ』の呼び名は変らない。

 彼の至福の時は、おそらくそれから後の数年だろう。さすがに大学や社会では、『チ○ゲ』のあだ名を知る人がいないだろうからである。
 しかし、何年か経つと、必ず同窓会というものが始まる。そこに出席すると、
「おう、チ○ゲじゃないか。元気か?」
 となるのである。忘れていた記憶が蘇る。結局彼は、同窓会のメンバーが全員死ぬまで、『チ○ゲ』と呼ばれることだろう。

 彼は他人より少し成長が早かっただけである。しかし、宿命的に見れば、彼が『チ○ゲ』と呼ばれる宿命を背負って生まれたがために、成長が早まったということになる。宿命というのは、いたずら好きなのかもしれない。
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