翌日、6時起床だった。
起き抜けに隊長が「山頂までランニングしましょう」と言った。
坂道を1キロ以上走らなければならない。
みんな「ええっ!?」と言ったが、隊長の命令には逆らえない。
前日の天突きで思うように走れない。
それにしても、朝のランニングはこたえる。
ぼくは走っていて、だんだん気分が悪くなってきた。
山頂に着くと、さすがにみんな息を上げていた。
それを見て隊長が「じゃあ、天突きやりましょう。そうですねぇ、100回やりますか」と言った。
その言葉を聞いたとたん、力が抜けた。
隊長が「1、2・・・」と数を数えながら、天突きをやりだした。
『どうにでもなれ』という気持ちで、みんな後に続いた。
ぼくも張り切って50回ほどやったが、脱落してしまった。
最後までやっていたのは、自衛隊出身の同僚だけだった。
その後、その場で朝礼が行われたが、ぼくはもう立っていられなかった。
気分が悪い。
「すいません。ちょっと気分が悪いので座ってていいですか?」とぼくは隊長に言った。
さすが隊長である。ぼくを気遣うでもなく、「よし!」と言ったきりだった。
ホテルに戻って朝食をとった。
ぼくは気分の悪さから復活して、ご飯を3杯おかわりした。
みんなから「お前、本当に気分悪かったんか?」と言われ、ひんしゅくをかった。
その日は、実戦の研修を行った。
まず、敵陣突破だった。
「こんにちは、○○のしんたです。今日は電子レンジのお話で参りました。時間は取らせません。5分でけっこうです。話を聞いてください」
これを一字一句間違わずに言えたら、一歩進む。間違えたら1歩後退。
10歩進んだら合格となる。
これだけなら大したことはない。
しかし、あの隊長がその程度のことをさせるわけはない。
人を囲ませて野次を飛ばさせるのだ。
最初は「ビデオは売らんとか」とかありきたりなことを言っていたが、だんだんエスカレートしてきて、「おい、しんた!お前あの女とどうなったんか!?」などとプライベートなことを言うようになった。
ぼくは、あまりそういうことを気にするほうではないので、わりとすんなり敵陣を突破した。
が、いろいろ言われて動揺し一歩後退を繰り返す者や、中には泣く者まで出てきた。その人は、触れられたくないことをズバッと言われたらしい。
あとで「あそこまで言わんでいいやろ!」と憤慨していた。
それが終わって最後の項目、表現力の研修を行った。
隊長が「小さなトランジスタと大きな冷蔵庫を、体を使って表現してください」といい、二人ずつ前に出てやらされた。
一通り終わり、次に「悲しみと喜びを表現して下さい」と隊長が言った。
人間性というのはこういう時に出てくるものだ。
口数の少ない大人しい主任がいた。
その人が突然大声で「3歳になる娘が死んだ!」と言い、泣き出した。
真に迫っていた。もらい泣きする人まで現れた。
他に「上司の前で失敗してしまった。ぼくは真面目にやっているのに・・・」と愚痴をたれる人もいた。
一般に、悲しみの表現は誰でも真に迫るが、喜びの表現は皆お笑い系になってしまう。そのギャップをぼくは楽しんでいたが、ぼくの演技は笑いを取れなかった。
午後5時になり、最後に前日作ったスローガンを怒鳴った。
長かった一泊研修は終わった。
そのときはよくわからなかったが、振り返ってみると意味のない研修であった。
ただ、一つ、どんな嫌なことでも時間が来たら終わるということを学んだ。
翌日会社に行くと、誰もが、声は森進一、動きはロボコップになっていた。