Nさんより何週間か送れて入社したぼくは、地元で1週間ほど教育を受け、この会社の本部がある広島に研修に行かされた。
そこに運命があった。
広島の本部に行くと、受付の人が待っていた。
「ああ、しんたさんですね。所属は隣のビルの1階になりますので、そちらに行って下さい」と言った。
そこに行ってみると、2人の男性がいた。
「今度ここに配属されました。よろしくお願いします」
「しんたさんじゃね、よろしく。お宅の店からもう一人研修生がきとるで。今奥におる。おーい」とその人を呼んだ。
その人は「はいーっ!」と元気のいい声で、その人は出てきた。
「!」
「おう、待っとったで。ワシもお前と一緒の配属じゃ」
Nさんであった。
その日の仕事が終わり、一緒に宿舎に帰った。
帰る途中ぼくは、「Nさんどしたんね?広島弁で喋って」と訊いた。
Nさんは「ワシは順応する性質じゃけえのう」と言った。
いくら順応しやすい性質だからと言って、2週間ほどで自然に広島弁で喋ることが出来るものだろうか?
上に気に入られるために、無理矢理広島弁で喋っていたのだろう。
しかし、いくら広島で研修しているからと言って、広島弁で喋る必要があるのだろうか?
たかだか1ヶ月足らずの研修なのに。
後でわかったのだが、Nさんの意図は別のところにあった。
上の者に取り入って、将来広島の本部で勤務させてもらおうと企んでいたのだ。
その研修も終わり北九州に帰る日、Nさんは突然「あ、お土産買って帰らにゃ」と言いだした。
「えーっと、U専務と、K店長と、S部長と、M部長と・・・」
「なんね、お偉いさんに買って帰るんね?別に買わんでもいいやん」とぼくが言うと、Nさんは「こういう気遣いが必要なんじゃ。お前も買って帰れ」と言った。
Nさんは広島駅で人数分のもみじ饅頭を買った。
しかしぼくは買わなかった。
「買わんとか?まあ、今回はいいけど、お前もサラリーマンになるんやけ、お中元やお歳暮はせんとのう」とNさんはのたまった。
『馬鹿やないんか。この盆暮れ男が!』ぼくはこの時思った。
その後、Nさんは本人の計画通り本社勤務となった。
「本社は忙しいんじゃけえ」とぼくのところに来る度に言っていた。
ぼくが会社を辞めてから聞いた話だが、Nさんはある店の店長になる予定だったらしく、人事から打診があったそうだ。
喜んだNさんは、「わしゃ、今度店長になるけえのう」と、会う人会う人に言っていたらしい。
それが人事の耳に入り、「N君は店長に不向きだ」というレッテルを貼られたという。
何年か前にN屋のOB会で、ぼくは久しぶりにNさんと会った。
Nさんはぼくに「今、年収はどのくらいあるんか?」と訊いてきた。
ぼくが「○百万円くらい」と答えると、Nさんは嘲るように「少ないのう。わしゃ本部勤務じゃけえ、お前の倍は貰いよる」と言った。
ぼくは「おれ、年収とか興味ないけ」と言った。
そして『もう二度とこの人とは飲むまい』と思った。