その日、HTさんという人が入ってきた。
『この人どこかで見たことがあるなあ』というのが第一印象だった。
それもそのはず、Hさんは高校の1級上の先輩だった。
最初は気づかなかったが、話していくうちにそのことがわかった。
高校時代は話したこともなく、たまに顔を見る程度の人だったので、その日が初対面と言ってもよかった。
ぼくはこの人とも馬が合った。
その後、ボンとHTさんとぼくの3人は、一緒に飲みに行くようになる。
今なお続く腐れ縁は、そのときから始まった。
さて、1週間たっても日立からは何も連絡がなく、結局ぼくは長崎屋に居座ることとなった。
1ヶ月ほど過ぎた頃、鼻の大きなフロアー長とぼくたちヘルパーの対立が激しくなった。
あるメーカーのヘルパーが辞めた時のことである。
ちょうどその人が辞めた日は、フロアー長が出張の日であった。
その日、ぼくたちはささやかな送別会を開いた。 もちろんフロアー長抜きで。
翌日そのことがフロアー長の耳に入った。
それからフロアー長とヘルパーの対立が始まったのである。
そのヘルパーの中でも、特にぼくは目の敵にされた。
そもそもぼくは、エアコンなどの季節品を売るために派遣されていたのだが、時期的なことと、販売に慣れてないということが重なって、売り上げが他の人に比べてきわめて低かった。
そこに目をつけたフロアー長は、他のヘルパーへの見せしめのために、ぼくをよく叱っていた。
ぼくは叱られても、いつもヘラヘラしている人間だから、さらに頭に来たのかぼくを叩いたことがあった。
他のヘルパーはぼくを慰めてくれたが、ぼくはこういうことは子どもの頃から慣れており、そういう目に合うと逆に「今に見とけよ」と思う性質である。
このときは「今に見とけよ。仕事で見返してやる」と思っていた。
さらにフロアー長のぼくに対するいじめは続く。
日立のIさんを呼び出して、「しんたを辞めさせろ」と言い出した。
Iさんはその時、「ヘルパーは1ヶ月で判断したらいけません。ぼくはしんたを辞めさせるつもりはありません」と言ったらしい。
そのあとIさんはぼくのところに来て、「おれはお前を辞めさせるつもりはないけ、とにかくフロアー長のことは我慢してくれ」と言った。
Iさんとの話し合いが不満足だったのか、フロアー長は最後の手段に出た。
ぼくをエアコンの売り場から外したのだ。
「しんた君。君にはしばらく小物のほうをやってもらうよ」と言ってきた。
エアコン販売で派遣されたものが、他の売り場、それも小物に回されるということは、窓際に回されるようなもので、つまり「辞めれ」ということだった。
でも、ぼくはIさんの言葉を信じて辞めなかった。
とにかくフロアー長の言うことは無視して仕事に専念した。
毎日毎日雑巾を持って商品を磨き上げ、カタログを見ては商品勉強をしていった。
小物ということでお客さんも多く、他の売り場の何倍も接客をしなければならない。
ぼくは徐々に販売というものを覚えていった。
小物ながら売り上げが上がっていくと、周りの目も変わってくる。
特に見る目が変わってきた人がいた。
フロアー長だった。