昨日の日記で、ぼくは前の会社に入社した当初、ビデオ部門の担当だったと言ったが、その頃のビデオ業界は、VHSとベータの覇権争いの真っ最中だった。
当時、VHS陣営にはビクター、松下、日立、シャープなど、ベータ陣営にはソニー、東芝、三洋などが、それぞれ参加していた。
こういう、家電業界の争いは、後の『レーザーディスク』vs『VHD』や『8ミリ』vs『VHS-C』、最近の『DVD-RAM』vs『DVD-RW』vs『DVD+RW』という形で継承されていく。
その当時、ぼくはVHSの時代が来る、と読んでいた。
たしかにベータは映りは良かったが、VHSに比べると独りよがりな面が多く、ユーザーのニーズに応えていないように思われた。。
第一に、ベータの操作面は一見して難しく感じられた。
ベータはどちらかというと、男性向きだったようだ。
というより、一般に機会音痴と言われる女性のことを考えてない、としか思えないフェイスをしていた。
それでもいいじゃないか、と思われるかもしれないが、これは「大衆は女性である」という商品開発の基本を無視しているのだ。
第二に、録画時間がわかりにくかった。
VHSのテープには「T120」などと書いてある。
この「120」は標準モードで録画できる分数である。
この理を知っていれば、何分録画できるテープなのかは容易にわかる。
しかし、ベータはそうではなかった。
「L500」「L750」、知らない人がこれを見て、何分録画できるテープかわかるだろうか?
たしかに時間表示は書かれていたが、文字は小さかった。
さらにΒⅠ、ΒⅡ、ΒⅢと3種類も時間が書いている。
これでは、お客は迷うだろう。
第三に録画時間である。
VHSの120分テープの場合、3倍モードで6時間の録画が出来るが、ベータの場合、当時最長の「L750」のテープを使っても、4時間半の録画しか出来なかった。
また、この4時間半というのが不可解な時間であった。
普通のテレビ番組は1時間ものが多いが、この4時間半というのは、どういう番組を意識して決めた時間なのだろうか。
映りの良し悪しを重視する少数のマニアは、時間のことまでは気にしないだろうが、大半の人は番組を重視している。
VHSだと1時間の番組が6本録れるが、ベータだと4本しか録れない上に、30分余ってしまう。
この差は大きかった。
他にもいろいろな要素があったが、お客さんの意見というのはだいたい上に書いているようなものが多かった。
そういう生の声というのは、今後の展開を占う上での大きな判断材料になる。
そのため、ぼくは「これはVHSの勝利になる」と、読んだのである。
専門誌などを読むと、「どうなるVHSvsベータ」などとやっている。
その当時の専門誌の予想は、どちらかというとベータ勝利の意見が多かった。
そういう専門家の人たちが、何を判断基準にしていたのかというと、機能面や映りの良さであった。
つまり彼らはカタログ人間だったのである。
ユーザーの声などはまったく無視の状態だった。
そこで、ぼくはお客さんになるべくVHSを薦めることにした。
しかし、いるんですよ、このカタログ人間が。
「いったい、VHSとベータと、どちらが生き残るんですかねえ。専門家の目から見てどう思いますか?」と聞くので、上記の説明をした上で、「ぼくはVHSの時代になると思います」と言うと、「君は若いなあ。勉強してるのかね。専門誌にはちゃんとベータ勝利と書いているよ」とか「ソニーが負けるはずがないじゃないか!」などと言う。
自分がそう思うのなら、いちいち人の意見なんか聞かないでほしいものである。
しかし、その頃はぼくも若かった。
そこで妥協しないのである。
「そう思うのは勝手ですが、そのうちベータで録画したものは見れなくなりますよ」とやり返していた。
おそらく今なら、そういう読みがあっても、「さあ、難しいですねえ。どうなるんでしょうか」と笑ってごまかすだろう。
大概のお客さんは、「そこまで言うのなら、君を信用してVHSを買うことにしよう」と言ってくれた。
後にVHS勝利が決定的になると、「いや、あの時君の意見に従っといてよかったよ」と言って感謝されたこともある。
中には「君が何と言おうとも、ぼくはソニーを信じる」と言い張り、ソニーのビデオを買う人もいた。
俗に言う「ソニーファン」「ソニー信者」である。
最近はあまり見かけなくなったが、その当時は「ソニーファン」がけっこういた。
何でもソニーなのである。
「じゃあ、冷蔵庫も洗濯機も、すべてソニーにすればいいやん」と思ったものだった。
そんな人は、後で後悔しただろう。
ま、その件については、何も言ってこなかったので、定かではないが。