『富士の遊覧船』
雨の振る日に 船に乗って
いつまでも 水面をながめる
船の描く 輪の中に
想い出ひとつの 雨がたまる
思い出ひとつの 雨がたまれば
船は 心をもったごとくに
しずくにふたつみっつ 沈んでいく
富士の遊覧船は
何度も何度も回りながら
思いでひとつに沈んでいく
悲しみの時 影を落としたぼくは
そんな 船の中から
溺れぬようにと 祈りながら
そんなゲームを 楽しんでいるのですよ
この詩を書いたのは、23年前のちょうど今頃だった。
千葉に住んでいた友人と、富士山に遊びに行った時のものだ。
その前日、ぼくは千葉の友人宅に泊まった。
酒でも飲みながら夜を過ごそうと思っていたのだが、翌朝10時に代々木で他の友人2人を拾うことになっている。
ということは千葉を朝7時頃に出ないと間に合わない。
深酒でもして寝坊したら大変だということで、その日は飲むことはせず、早目に就寝した。
翌朝、予定通り7時に友人宅を出て、津田沼にレンタカーを借りに行った。
8時にレンタカーを借り、津田沼を出発した。
当初は京葉道路を使うつもりだったが、下の道で行っても2時間あれば充分間に合うだろう、ということで下の道を行った。
それが甘かった。
東京に入るまで約1時間かかり、東京に入ると何度も渋滞にあってしまった。
結局、代々木に着いたのは午後1時を過ぎていた。
待ち合わせ場所に行くと・・・。
もちろん誰もいない。
どんなお人よしでも3時間も待つ馬鹿はいない。
その時は、代々木の喫茶店で待ち合わせていたのだが、店の人に「10時頃、こういう人は来てなかったですか?」と聞いてみると、「ああ、来てましたよ」という。
友人と顔を見合わせ、「困ったのう。どうしようか」と言った。
しかし、せっかくレンタカーを借りてきたのである。
ここで引き返すのもバカらしい。
ということで、ぼくたちは富士に向けて出発した。
とはいえ、ぼくは福岡の出身、友人は福島の出身である。
富士に行く道を知らない。
「まあ、西に向かって行きよったら、何とかなるやろう」ということで、とにかく出発した。
友人が「たしか、八王子から高速に乗るらしい」と言うので、「じゃあ八王子に行けばいい、ということやん。何とかなるやろう」とぼくたちは甲州街道に向かった。
甲州街道に出てから、迷うことなく、中央高速の入口に着いた。
さて、高速に乗ってしばらくすると小雨が降り出した。
朝方から曇っていたのだが、途中晴れ間も出たりして、持ち直すかと思われたが、ここに来てついに降り出した。
雨が降ると困ることがあった。
それは、その当時ぼくはまだ運転免許を持ってなかったので、その友人が一人で運転していたのだ。
しかも、友人は免許を取って初めて遠出をする、と言うことだった。
「今まで、運転して雨に降られたことがないんだよな。できたら雨の日には運転したくない」と常々言っていた。
無常にもその雨が降り出したのだ。
これには困った。
仕方がないので、最寄のパーキング入り、食事をしながら雨が止むのを待つことにした。
しかし、雨はいつまでたっても止まなかった。
しかたなく、出発することにした。
ところが、幸いなことに、高速道路はさっきよりもすいていた。
というより、走っている車は、ぼくたちの車しかなかったのだ。
これに勇気付けられた友人は、そのまま河口湖畔まで突っ走って行った。
その日は河口湖と山中湖を回った。
河口湖に着いたのはもう4時を過ぎていたので、当初予定していた富士山や白糸の滝には行けなかったのだ。
しかし、野郎二人の河口湖や山中湖はいただけない。
結局することもないので、山中湖畔に停めてあった外車の前でポーズを作り、お互いの写真を写しただけに過ぎなかった。
帰りは中央高速を降りてから、首都高、京葉道路を使って、津田沼まで戻った。
さすがに高速を使うと早いものである。
途中首都高が渋滞していたものの、時間にして1時間ほどで津田沼に着いた。
「最初から高速使ってればよかったね」
「明日は、あいつらから文句言われるやろうのう」
翌日、案の定代々木で待ち合わせた二人の友だちから、散々文句を言われた。
文句を言う気持ちもわかる。
一人は横浜、もう一人は埼玉から、わざわざ代々木まで来ていたからである。
じゃあ、今度埋め合わせをする、ということで納得してもらった。
再び富士山に向かったのは、その2週間後であった。