『救いのない夜』
何がぼくを変えたのですか。
一人の陶芸家ですか。
たわいのない夢ですか。
力のない口ぶりですか。
君への焦りですか。
納得のいかない仕事ですか。
金のないつらさですか。
退屈な日々の仕業ですか。
変に気取ったあの人たちですか。
夜に響く雨音ですか。
今朝のコーヒーの味ですか。
語る言葉の寂しさですか。
時折夢見る苦しさですか。
安らぎのない生活ですか。
片輪な心へのいらだちですか。
そんなぼくの生い立ちですか。
ひとりぼっちの寂しさですか。
救いのない…
救いのない…
救いのない夜ですね。
23年前の9月、それまで働いていた長崎屋を辞め、ぼくは出版社に勤務することにした。
新聞の求人欄でその仕事を見つけた。
仕事の内容はライターだった。
いちおう就職試験なるものがあった。
生まれて初めて受ける就職試験だった。
試験官は、「さほど難しい問題は出していません。新聞を読んでいれば、簡単に解ける問題です」と言った。
しかし、当時新聞を読む習慣のなかったぼくには難問だった。
どんな問題だったのかは忘れたが、とにかくまったく解けなかったというのだけは覚えている。
次は面接である。
筆記がぜんぜんだめだったぼくは、半分やけになっていた。
面接を受ける時、まず面接官を睨み付けた。
面接官は言った。
「あんたは自分の性格をどう思うかね?」
「我の強い人間です」
「ははは、確かに我の強そうな顔をしとるな」
「そうですか」、とぼくは憮然として言った。
「筆記はどうだった?」
「あんなもん、わかるわけないじゃないですか」
「あんた面白いな。ここに向いてるかもしれん…。よし、決めた。明日から来い」
この会社に受かった人には、電報が届くようになっていた。
が、その面接官は「あんたには電報打たんから」と言って、さっさとぼくの入社を決めた。
翌朝、会社の扉を開くと、そこに社長がいた。
「おめでとう。君も電報が届いたんかね」
「いや、電報はもらっていません」
「え?」
「面接の人が『明日から来い』と言うんで、来たんです」
「面接は誰がした?」
「たしかMさんだったと思いますけど」
「そうか、Mさんか。よっぽど君のことが気に入ったんだなあ」
社長の話では、そのMさんはかつてT新聞の敏腕記者だったということだ。
「そういう人に気に入られたんだから、頑張ってよ」
社長はそう言いながらも、嫌そうな顔をしていた。
その時ぼくは、『このおっさんとは、きっと合わんだろう』と思ったものだった。