会社の裏手に土手がある。
その土手に一本のハゼの木が生えている。
さして大きな木ではない。
ずいぶん前からそこに生えていたのだが、ごく最近までぼくはその存在を意識したことはなかった。
意識しだしたのはこの秋からだった。
Kさんという方が、「ああ、あのハゼの木も色づきだしたね」と言った時、初めてそのハゼの木の存在を意識した。
「そうだった。ハゼも紅葉するんだった。
小学生の頃、裏のハゲ山に一本のハゼの木が生えていたが、そのハゼも秋になると紅葉していた」
そんな記憶が、Kさんの言葉とともに思い出された。
それ以来、ぼくは会社裏のハゼの木を意識するようになった。
確かKさんがハゼのことを口にしたのは11月の頭だった。
徐々に紅くなり始めていったが、「さあこれから」という時に気温が上がった。
そのせいなのか、紅葉はなかなか進まず、今日現在半分程度しか紅葉してない。
このまま紅葉が進むのか、それとも紅葉のまま散ってしまうのか。
この先もこのハゼの木から目が離せない。
ところで、小学生の頃、よく「ハゼ負け」をしたと言っては、白い薬を肌に塗りまくっている子を何人か見かけた。
不思議なことに、ハゼ負けするのはいつも同じ子なのだ。
「そんなにしょっちゅうハゼ負けするくらいなら、ハゼの木に近づかなければいいのに」、とぼくは思っていた。
ずっと後に、当時みんなが「ハゼ負け」と言っていたのは、実はハゼ負けではなくアトピーだということをある人から聞いた。
そういえば、当時ハゼ負けする子の肌は、今でいうアトピーの肌質だった。
その頃、『アトピー』という言葉が一般的ではなかった。
そこで、大人たちは子供の「なぜ、あの人の肌にブツブツがあるのか?」という質問に答えるため、わかりやすく「ハゼ負け」と言っていたのかもしれない。
とはいえ、その頃、その大人たちでさえも『アトピー』という言葉を知らなかったはずだから、本気で『ハゼ負け』と思っていたのかもしれないが。