ところが、おばちゃん看護婦は、またしてもしゃべりかけてきた。
「ここにジュース飲まないって書いてあるけど、本当に何も飲まないの?」
「いや、酢と青汁は飲んでますよ」
「そう。お酢はいいのよねえ。私なんか、自分で作ってるんよ」
「そうですか」
「…あらっ、やっぱり高いよ」
「話しかけるからですよ。もう一度やって下さい」
「同じだと思うけどなあ」
「あのう、今度はデジタルじゃなく、手動でやってもらえませんか?」
「いいけど、結果は同じだと思うよ」
「いいですか、話しかけないで下さいね」
そう言って、ぼくは3度目の挑戦をした。
ところがこのおばちゃん、またしても話しかけてきたのである。
「ねえ、体重が減ったって書いてあるけど、前回と変わってないじゃない」
「そりゃ、前回は夏場にやったでしょ。今日みたいに着込んでなかったからです」
「ああ、そうか…。あ、そうそう私も体重減ったんよ」
勘弁してほしい。
誰も、おばちゃんの体重なんて聞いてない。
しかも、まだ測定中じゃないか。
案の定だめだった。
「やっぱり高いねえ」
「毎日家で測ってるけど、いつもは正常ですよ」
「ふーん、そう。じゃあ、今日は何回やってもだめな日なんよ」
そりゃそうだ。
このおばちゃんが測る限りだめだということは、ぼくでもわかる。
「じゃあ、お大事にね」
おばちゃんの声に送られながら、ぼくは部屋を出た。
さて、いよいよ最後の問診である。
あいにく先客がいた。
しかたなく、ぼくは部屋の前のイスに腰掛けていた。
「あーあ、早く帰りたいのになあ」と思いながら、問診票を何気なく見ていると、何と、その問診票はぼくのものではないではないか。
「あ、血圧の時だ!」
ぼくは慌てて、血圧の部屋に戻って行った。
「すいませーん」と言いながら部屋に入ると、その問診票の持ち主が困った顔をしていた。
若い看護婦が、「ありましたね。ああ、よかった」と言った。
例のおばちゃん看護婦が「ほーら、やっぱりあんたやったね」と笑いながら言い、さらに何か言おうとした。
このおばちゃんと関わるとろくなことはない。
問診票を交換して、「問診待たせてますから」と言って、そそくさとその部屋を飛び出した。
問診の場所に戻ると、看護婦がぼくを探しているところだった。
「おたくでしたよね?」
「はい」
「どうぞ」
中には若い医師がいた。
彼はぼくの胸や腹に聴診器を当て、「異常はありませんね」と言った。
その後ぼくの問診票を見ていたが、「ああ、尿酸値か。ちょっと高いだけじゃないですか」と言った。
ちょっと高いだけで、わざわざこんなところに呼ばないでほしいものである。
てっきり高い血圧のことに触れるかと思っていたが、そのことには触れなかった。
その部屋を出て時計を見ると、ここに来てから、すでに1時間以上経過している。
当初20分くらいだと思っていたのに、これで完全に予定が狂ってしまった。
それもこれも、おばちゃん看護婦のところで手間取ったためだ。
最後に受付に行き、問診票を渡す。
受付嬢は「はい、以上で終わりです。結果を楽しみにしておいて下さい」と言った。
尿酸値で悩んでいるなら結果も気になるだろうが、ぼくはまったくそのことを気にしてないのに、いったい何を楽しみにしろというのだろうか。
「楽みになんかしたくないわい」とつぶやいて、ぼくは健康センターを出た。