頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう!

会社は幼稚園ではない

毎朝日課としていることに、レジパートのKさんを驚かすというのがある。
呼吸を潜め、忍び足でKさんの背面に近づき、突然大声で「おはようございます」と言うのだ。
こういうのに弱いKさんは、「ワーワー、キャーキャー」言って騒ぎ出す。
他のレジの人は、「しんちゃん、だめやないね。Kさんをびっくりさせたりしたら」と口では言いながらも、顔は笑っている。
そういう中、ただ一人冷ややかな目でそれを見ている、いや、そのことにまったく関心を持たない女性がいる。
H子である。

さて、昨日H子のことをこの日記に書いたが、内示を親しい人に言って回ったH子が、今日どういう態度でいるのか、ぼくには大変興味があった。

朝、会社に着くと、ぼくはさっそくレジに行き、いつものようにKさんを驚かした。
周りはいつものように笑っている。
そしていつものように、そのことに無関心なH子がいる。
いつもの朝の風景だった。

その後、ぼくは開店の準備をした。
外はあいにくの雨、開店を待っているお客さんもいない。
『今日も暇だろな』と思いながら、ぼくは売場に戻った。

売場で事務処理をしているうちに、10時になった。
開店である。
それから5分ほどして、ぼくは用があってレジのほうに行った。
すると、レジの様子が何となくおかしい。
何があったんだろうとKさんに聴いてみると、Kさんは、
「H子さんがね、突然泣き出してねえ。今レジ長が店長のところに連れて行ったんやけど…」と言った。
「何かあったと?」
「いや、何もないよ。とにかく突然泣き出したんよ」
「いじめたんやろう?」
「そんなことするわけないやんね」
すると、もう一人のパートのMさんが、
「パフォーマンスやないんね」と言った。

レジに聴いても今ひとつ要領を得ないようなので、ぼくは事務所に行ってみることにした。
今事務所の中に入ることははばかれるので、窓の外から事務所を覗いてみることにした。
なるほどH子は、巨体を振るわして泣いている。
何人かの人がH子の周りに集まっている。
と、その時、H主任が事務所から出てきた。
そこで、ぼくは「何かあったんですか?」と聞いてみた。
すると、H主任はいかにも不機嫌そうな顔で、「知らんぞ」と言った。
「そうですか」
「ほんと迷惑な話やのう。店長も、何であんな奴を留めとくんかのう。おれならとっくにクビにしとるぞ」
もちろんH主任も、H子が薬局に異動する話を知っている。
「内示を人にペラペラ言うて回って、本当にバカやのう」

そんな話をしている時に、レジ長が事務所から出てきた。
「どうしたんか?」
「知らんよう。私の顔を見るなり泣き出すんやけ」
「お前が何か言うたんか?」
「言うわけないやん。朝は体操したりしよったし、わりと機嫌がよかったんよ。もしかしたら、誰かがH子さんに吹き込んだんかもしれん」
「え?」
「いや、事務所で、何で泣いたんか聴いてみたんよ。そしたら『H先生が怖い』とか言うたけ」
「怖い?昨日あれだけ嬉しそうな顔して、ペラペラ内示を言うて回りよったやないか」
「だから、今日誰かに『H先生にいじめられるよ』とか言われたんやないんかねえ」
「H子にそんなこと吹き込む奴とかおるんか?」
「さあ。あまり親しい人はおらんみたいやけど」

ここでぼくは、さっきMさんが言った『パフォーマンス』という言葉を思い出した。
「もしかしたら、パフォーマンスかも知れんのう」
「何でパフォーマンスするんね?」
「あいつ、異動のこと誰も知らんと思っとるやん。当然お前もそのことを知らんと思ったんやないんか。それでお前に教えたいと思った。だけど、嬉しい顔で言うわけいかんやん。そこで泣いて、本当は行きたくないけど…、というポーズをとったんやろう」
「そんなことするかねえ」
「おう、あいつ、体面繕うのは得意みたいやけのう」

さて、その後しばらくしてからレジに行ってみると、H子がいない。
レジ長に聞いてみると、「帰ったよ」と言う。
「帰った?」
「うん、店長が『このまま店に出るわけもいかんやろう。今日は帰り』と言ったらしいよ」
「えっ、泣いたくらいで帰らせるんか? ここは幼稚園じゃないんぞ」
「知らんよう。店長の判断なんやけ」
「じゃあ、おれも早く帰りたい時は、泣くことにするわい」
ということで、今日ぼくは、人前でさんざん泣き真似をした。

しかし、店長は変な前例を作ってくれたものである。
H子のことだから、きっと『早く帰りたい時は泣けばいい』と思っているにちがいない。