今日、タマコは知恵熱を出して、バイトを休むと言ってきた。
ラーさん曰く「しんちゃんが、いろいろと詰め込むけよ」
が、ラーさん。それは違う。
はっきり言って、この間はラーさんの問題のほうが難しかった。
最近、夕方から極端に暇になる。
ほとんど接客をすることがないのだ。
以前は何本か電話もかかっていたのだが、最近はそれもない。
売り出し準備でもすれば気も紛れるのだが、今週は売り出しがない。
それに加えて、今日はタマコもいなければ、暇つぶし仲間のH先生もいない。
『今日は面白くないのう。どうやって過ごそうか。それにしてもタマコの奴、あの程度で知恵熱とは情けない』と思っていた時だった。
『あ、もしかしたら…』と思い当たることがあった。
あの日、ぼくはタマコに、国語の問題を出した後、続けて算数の問題を出したのだった。
【問題1】
はたしてタマコは九九が出来るのか、と思ったぼくは、タマコに問題を出してみた。
「おい、タマコ。8掛ける9はいくつか?」
タマコは自信ありげに、
「そのくらい書けますよ」
と言った。
「書ける?」
「ええ」
そういうとタマコはメモ用紙に、
『八×九』
と書いた。
「おい、8×9はいくつかと聞いたんぞ」
「ああ、計算するんですか」
「そう」
「簡単じゃないですか」
「そうやのう。簡単やのう。で、いくつか?」
「63」
【問題2】
『お父さんは280円のタバコを5個、タマコさんは270円のタバコを10個買いました。これらを合わせて買う時、6000円のお釣りをもらうためには、レジでいくら払ったらいいでしょう』
この問題を紙に書いて、タマコに渡した。
さっそくタマコは計算を始めたが、何せ九九が出来ない。
そこで電卓を持ってきた。
5分ほどして、タマコは
「しんたさん、出来ました」
と言ってきた。
「いくらか?」
「4000円です」
「何でそうなるんか?」
「えっ、違うんですか?」
「4000円払って6000円のお釣りがもらえる店があったら、行ってみたいわい」
その後、タマコはその問題に手を付けなかった。
理由は、「頭がこんがらがる」ということだった。
『そうか、あれが原因やったんかもなあ。ということは、次からはもっとレベルを下げるしかないのう』
しかし、漢字の読み書きや、九九は基本だし、それ以上レベルを下げるとしたら、それこそ幼稚園のレベルに落とすしかない。
いったい、今、幼稚園ではどんなことを教えているのだろうか?
今度タマコに聞いてみよう。
6時前のこと。
ちょうどぼくがオナカ君と話をしている時だった。
何と休むはずのタマコが、ヘラヘラと笑って現れた。
「おい、タマコ。おまえ、今日は知恵熱出したけ休むんやなかったんか?」
「昼間は気分が悪かったけど…」
「もういいんか?」
「はい」
もちろんオナカ君に、タマコを紹介した。
そしてオナカ君に、
「何か質問してみろ」
と言った。
が、オナカ君は何も質問しなかった。
オナカ君が帰った後、タマコを鍛えてやろうと思い、タマコのところに何度か行った。
しかし、また知恵熱を出されたら困るので、何も問題を出さなかった。
タマコは今21歳。幼稚園の先生を目指している。
8×9は72だよ、タマコ君。