頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう!

歴史は繰り返す

【1】
支那の人たちが、「日清戦争以来の屈辱だ」だとか「対華二十一箇条以来の屈辱だ」だとか言ったかどうかは知らない。
かつてサッカーで韓国が日本に敗れた時、かの国の新聞に『韓日併合以来の屈辱』という見出しがあったと聞く。
ということは、旧宗主国支那が言ったとしてもおかしくはない。
なぜなら双方とも中華思想の国、つまり似たもの同士だからである。

【2】
しかし、相変わらず支那人支那人である。
何年経とうと、何十年経とうと、いや何百年経とうとその性格は変わらないだろう。
負けた腹いせに暴動を起こし、略奪を繰り返し、あげくにそれは日本のせいだと言う。
案外、50年後・100年後には尾ひれがついて、「その日、勝ちに乗じた小日本軍は北京市内に繰り出し、1000万人もの人民を虐殺した」という話になっているかもしれない。
そして、2004年8月7日を『北京大虐殺の日』と定め、街に記念館などを建てるだろう。
また、日本企業の進出は侵略、日本に行っている留学生は強制連行された人たち、密航者は拉致被害者となっていることだろう。
彼らはこういうことをネタに、人のいい日本人に脅しをかけ、金を巻き上げようとするだろう。
なぜそうなるのかというと、この先も支那人支那人だからである。

【3】
儒教でよく『仁』『義』『礼』『智』『信』と言われているが、これは徳目をランク順に並べたものらしい。
かつて田中角栄は、周恩来と会見した際に、周から『言必信、行必果』という言葉を贈られ、大喜びしたと言われている。
『言必信、行必果』、論語の言葉である。
「言葉に偽りなく、やり始めたことは最後までやり通せ」という意味であるが、孔子曰く「最低でもそれが出来んようじゃ、『士』(政治家)とは呼べないなあ」である。
周恩来角栄を最低の『士』、もしくはそれ以下に見ていたというわけだ。

【4】
さて、今回のサッカーアジア杯で、支那政府はサポーターに「礼儀ある観戦」を呼びかけた。
ということは、「オリンピックがあるんだから、せめて3番目の士であってくれ」と呼びかけたわけだ。
最低の徳目である『信』すらうかがえない、いや『信』の意味すら知らないような人たちである。
そんな人たちに、『礼』を唱えてもわかるわけがないではないか。

【5】
老子に、『大道廃れて仁義あり』という有名な言葉がある。
その最後にくる言葉が、『国家昏乱して貞臣あり』である。
「忠臣が現れるのは、国が乱れている証拠である」という意味だ。
昨日の試合後、サポーターたちは「愛国無罪」と言い張って、暴動を正当化しようとしていたという。
現れましたな、忠臣たちが。
国が乱れている証拠である。