その後も彼氏は、M子を訪ねてやってきた。
しかし、それがあまりに頻繁なので、M子もだんだん嫌気が差してきたようだった。
そのうち、M子は彼氏が来ると隠れるようになった。
M子がいないのを見て、彼氏はぼくに「今日、M子は?」と聞いた。
「今日は休みですよ」
「休み?今日は仕事と言っていたんだけど…」
「気分が悪いんで休むと言って電話してきましたよ」
「ああ、そうですか。じゃあ、家に電話してみよう」
そう言って帰って行った。
彼氏が帰ったのを確認して、ぼくはM子を呼びに行った。
「おい、帰ったぞ」
「何か言ってた?」
「家に電話してみると言っていた」
「えっ、どうしよう…」
「病院に行っていたと言っとけ」
「ああ、そうやね。しかし、夜逢うようになっているのに、何で昼間来るんかねえ」
「それだけ好きなんやろ」
「私だんだん醒めてきた」
「そうやろうのう。こう毎日こられたらのう」
「うん。それにねえ、喫茶店辞めたんよ」
「え?今何しよるんか?」
「何もしてない」
「いい歳なんやろ?」
「うん。しんちゃんより一つ上」
当時ぼくは29歳だったから、彼氏は30歳ということになる。
「そうか、いよいよだめな男やのう」
それからしばらくして、M子は彼氏と別れてしまった。
もちろん、M子が彼氏の常識のなさに愛想を尽かしたのだ。
ところが、彼氏は常識のない男だったから、別れたあとも、会社にやってきたり、ネチネチ電話をかけてきたりした。
何度「もう来ないで」とか「もうかけんで」とか言っても、彼氏は聞こうとしない。
「あの男、何でまだくるんか?」
「わからん…」
「本当に別れたんか?」
「別れたよう」
「何と言って別れたんか」
「仕事に専念したいけ別れて…、って」
「そんなんじゃ納得せんやろ」
「そういうことはないと思うけど。ちゃんと泣いたよ」
「えっ、泣いたんか?」
「うん」
「あの男30歳やろ。ふつう泣くか?」
「でも泣いたもん」
「周りに人はおらんかったんか?」
「喫茶店やったけね。周りにお客さんがいっぱいおったよ」
「いい歳して、バカやのう」
「うん」
「でも、ああいう男は自分にいいようにしか受け取らんけのう。おそらく、まだ別れたとは思ってないんやろう」
「そうやろか?」
「おう。もういっぺんはっきりと別れると言ったほうがいいぞ」
「うん、わかった…」
ということで、M子はもう一度彼氏と会うことになった。
そして、そこではっきり「好きな人ができたけ、もうつきまとわんで」と言った。
彼氏は、ようやく自分がふられたということが理解できたらしい。
そしてまたしても、その場でシクシク泣きだしたという。
「好きな人」とは口実だったが、彼氏はバカなので、それを疑わなかったという。
それ以来、彼氏は会社に来ることも、電話をかけてくることもなくなった。