頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう!

歌のおにいさん(2)

結局、Hの歌が終わると、歌はもうどうでもよくなったようで、バスの中は急に騒がしくなった。
いちおう順番で歌ってはいたが、誰も聞いてなかった。
ぼくは最後の方で歌ったのだが、自分で何を歌っているのかわからないほど、騒ぎ声が大きかった。
ということで、この修学旅行も、Hの一人舞台に終わったのだった。

修学旅行が終わってから、『初恋』の君の態度が一変したように思えた。
いつも君はHの方を見ているのだ。
「これはいかん」と思ったぼくは、俄然やる気を出し、歌の練習をするようになった。

とはいえ、歌の練習といっても、何をやっていいのかがわからないので、とにかく大声で歌を歌ってみることにした。
何を歌おうかと思ったが、いざとなると何も思いつかない。
仕方がないので、本屋で平凡を買ってきて、それについている歌本を攻略することにした。

もちろん、その練習は自分の部屋でやった。
だが、どうも外に音が漏れているような気がして集中できない。
そこで、ぼくは急遽スタジオを作ることにした。
スタジオといっても、そんな大それたものではない。
要は音が漏れなければいいだけだから、そういう場所をスタジオにしただけだ。
その場所とは、押し入れである。
押し入れの中に入り、そこにある布団の中に頭を突っ込んで歌えば、いくら大声を出しても、音が漏れることはない。
それから毎日、ぼくはそのスタジオにこもり、最後のチャンスである秋の遠足に向けて、歌の練習をしたのだった。

ところで、その当時、つまり‘72年だが、その時買った平凡の歌本にどういう歌が載っていたのかというと、さすがにフォーク全盛の頃だったから、フォークソングが中心に載っていた。
よしだたくろう泉谷しげるかぐや姫遠藤賢司高田渡加川良といった名前を知ったのもこの時だった。
しかし、その頃ぼくは、まだフォークに興味がなかった、というよりそういう歌を知らなかったので、それは飛ばして、歌謡曲ばかり選んで歌っていた。

さて、秋の遠足が近づいてきた。
いよいよ何を歌うかを決める時がきた。
Hはいつものように歌唱力の必要な、いわば正統派の歌を選んでくるだろう。
ぼくはというと、歌の練習をしてはいたものの、まだまだ歌唱力には自信がない。
ということは、ぼくが同じように正統派の歌を歌っても、逆効果になってしまう。
そこでぼくは、歌唱力よりも歌の内容で勝負しようと思ったのだった。
では何がいいか?
いろいろ悩んだが、やはり時代はフォークである。
フォークを歌おうと思い、先の歌本で、歌えそうなフォークソングを探した。
その中に、「これなら歌える!」という歌が一つだけあった。
それは、あがた森男の『赤色エレジー』だった。