昨日のことと関連した話である。
書類を書き上げたあと、警察官が「コピーを取りたい」と言ったので、ぼくは「コピー機は店内ですよ」と言って、案内した。
警察官にコピーを取っている間、暇になったぼくは、「何か面白いことはないかなあ?」と周りを見渡した。
するとそこに、格好の暇つぶしがいた。
イトキョンである。
『これはチャンスだ!』と思ったぼくは、血相を変えた顔を作ってイトキョンのもとへ走って行った。
「イトキョン、イトキョン」
「あ、しんちゃん、血相変えてどうしたんね?」
ぼくはコピー機の方を指さして言った。
「ほら、あそこに警察がおるやろ」
「あ、ホント。何かあったと?」
「事件、事件」
「何、何?」
「さっきカードを使った詐欺事件があったんよね」
「えっ、どこであったと?」
「ここに決まっとるやろ」
「えー、全然知らんかった」
「そうやろうね。あんたが来る前のことやけ」
「そう」
「今、あの警察官ね、指紋を採りよるんよ」
「へえ、犯人はコピー機を使ったと?」
「うん」
「でね、さっきおれも指紋採られたっちゃ」
「ほんと!?」
「うん。サービスカウンターのTさんも、あとKさんも採られたみたいよ」
「でも、しんちゃんの指、汚れてないやん」
「今はね、汚れが付かんインクを使うんよ」
「へえ、進歩したんやね」
イトキョンは興味を持ったのか、警察官をずっと見ていた。
「ねえ、しんちゃん。何であの警察官一人しかおらんと?」
「鑑識の人やけよ」
「ああ、そうか。で、犯人はどうなったと?」
「逃げた」
「ふーん。そういえば、さっきカード詐欺って言ってたけど、そのカードはどうなったんね?」
「ああ、カードは犯人が逃げる時に落として行ったんよ。今そのカードはあの警察官が持っとるよ」
警察官が帰ったあとも、イトキョンはそのことが気になっていたようだ。
そんな時に「しんたさん、外線です」という連絡が入った。
ぼくはイトキョンに、「犯人が捕まったのかもしれん」と言って、受話器をとった。
さっきの警察官からだった。
持って帰ったはずのカードがない、という電話だった。
電話を切ると、ぼくはイトキョンの方を向いて、「大変なことになった」と言い、さきほどの書類を書いた部屋に走って行った。
カードは無事に見つかり、その警察官に「ありましたよ」と連絡した。
再びやってきた警察官にカードを渡し、一件落着したあと、ぼくはイトキョンのところに戻っていった。
ぼくの『大変なことになった』という言葉を気にしていたイトキョンは、ぼくが戻ってくると、目を輝かせて「何かあったんね?」と言った。
「いや、また新たな犯行があってね」
「えーっ」
「またカードが落ちてたらしいんよ」
「うわー、何かミステリー事件みたいやね」
というところで、閉店になった。
帰りしなに、ぼくはイトキョンに「もしかしたら、明日の新聞に載るかもしれんよ」と言った。
ところがイトキョンは、先ほどとは違うモードに入っていた。
ぼくの言うことが聞こえたのか聞こえなかったのか知らないが、無視してそそくさと帰っていったのだ。
きっとイトキョンの頭の中には、事件のことなんか入ってなかったに違いない。
夕飯のことで、頭の中はいっぱいなのだから。