頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう!

小太郎君

ぼくの店の熱帯魚コーナーに、『小太郎』という名の高校生のアルバイトがいる。
本名ではないが、見た感じ『小太郎』という名前がしっくりくるのだ。
ぼくがいつも「小太郎」と呼んでいるので、いつしかみんな「小太郎」と呼ぶようになった。
イトキョンにいたっては「小太郎ちゃん」と、「ちゃん」まで付けて呼んでいる。

最初の頃、彼は「小太郎」と呼ばれるのを嫌っていた。
「何でぼくが小太郎なんですか?」
「あんたが『小太郎』やけよ」
「本名違いますよ」
「そんなことはどうでもいいんよ。小太郎やけ小太郎と呼ぶんよ」
そう言って、ぼくは小太郎を押し切った。
そのうち、渋々彼は「小太郎」を受け入れるようになった。

しかし、やはり人前で「小太郎」と呼ばれるのは嫌だったようで、ぼくが散々人前で「小太郎」と連発して呼んだ後には、必ず近くにいる人に「ぼく、本当は小太郎じゃないんですよ」と自分でフォローしていた。
それでも気にせずに、ぼくは「小太郎」を連発した。
そのうち、小太郎は諦め、小太郎に抵抗しなくなった。
そう、晴れて小太郎になったのだ。

小太郎は大人しい子で、普段はあまり目立たない。
しかし、閉店近くになると、俄然張り切り出して、ぼくにいろいろ話しかけてくる。
話の内容は、お笑い関係のことが多い。
何でも、小太郎は中学生の頃まで、家族やクラスの人たちの笑いを取ることが得意だったらしく、今でも密かにお笑いの才能があると思っているようだ。

ぼくが「何かネタやってみ」と言うと、小太郎は「いや、ここではやれません」と言う。
「何で?」
「いろいろ準備がいるんですよ」
「小太郎は準備せな、笑いをとれんと?」
「いや、そうじゃないですけど、ぼくのネタはここじゃ受けないんですよ」
「じゃあ、どこやったらいいと?」
「うーん、教室とかがいいですね」
お笑いの才能があるなら、別に教室でなくてもいいはずである。
小太郎は、いったいどんなネタをやるつもりなんだろうか。
それはなかなか教えてくれない。

さて、今日のことだった。
いつものように閉店前に張り切りだした小太郎は、「しんたさん」とぼくを呼んだ。
「何だね、小太郎君」
「ちょっとぼくのお尻見て下さい」
「あ? おれ、そんな趣味ないよ」
「いや、お尻のところが破れてるんでしょ」
見てみると、なるほどお尻に穴が開いている。
「破れたんね?」
「いえ、最初から破れてるんです」
「不良品?」
「いや、わざと破ってあるんですよ」
「えっ、今は、尻の破れたズボンとかが流行っとるんね?」
「はい」

しかし小太郎は、その破れ具合が気に入らないようで、しきりにその破れを隠そうとしていた。
ぼくが「気になるなら、縫ったらいいやん」と言うと、小太郎は「そう思ってるんですけど、普通に縫ったらおかしくなりますからね」と言う。
「じゃあ、慣れた人に縫ってもらおう。ちょうどいい人がおる。ちょっと待って」
そう言ってぼくは、イトキョンのところに行った。

「イトキョン、小太郎がね…」
「小太郎ちゃんがどうしたと?」
「さっき水槽を掃除していたら、ピラニアにお尻を噛みつかれたらしいんよ」
「えっ、ピラニアに? それでケガはなかったと?」
「うん、ケガはなかったんやけど、ズボンのお尻が破れてしまってね。あんた縫ってやって」
「え、わたしが縫うと?」
「うん。あんたしかおらんやん」
「わたし縫いきらんよう」

そんなやりとりをしているところに、小太郎が「しんたさん、いいですよ。自分で縫いますから」と言ってきた。
「お、ちょうどいいところにきた。小太郎、お姉さんにお尻を見せてあげなさい」
「えーっ」
「何を恥ずかしがっとるんね」
「嫌ですよう」
そう言って、小太郎は元いた場所に走って戻っていった。
ぼくは「逃げるな、この根性なしが!」と言いながら、小太郎を追いかけていった。

イトキョンは、薄笑いを浮かべて、しばらくこちらを見ていた。
だが、夕飯のことで頭がいっぱいだったのだろう。
シャッターが閉まると、さっさと帰っていった。