今日はパートさんが休みだったため、売場はぼく一人だった。
一人の時は、何かと制約が多いものだ。
例えば、トイレもゆっくり出来ない。
個室に入っている時に、何度も店内放送で呼ばれた経験を持つだけに、一人の日にはいつも焦ってやっている。
昼食もその一つである。
売場に誰もいなくなるので、食事中でも呼ばれたら店に出なければならない。
そのため、店内放送の入らないところには行けない。
ということは、食後の楽しみである、車の中での昼寝が出来ないということだ。
さらに、なるべく隣の売場のパートさんがいる時に行かないとならない。
他の売場の人は、なかなかフォローしてくれないのだ。
というこで、今日は隣の売場のパートさんが早出だったため、昼食もいつもより早くとった。
隣の売場のパートさんに「食事に行ってきます」と言って、ぼくは食堂に向かった。
食堂に入ると、そこにはイトキョンがいた。
「あ、しんちゃん。今から食事?」
「うん」
「今日は早いねえ」
「一人やけね」
「ああ、そうか」
「イトキョンは昼出?」
「うん。今日は1時から。まだ時間があるけ、今友だちにメールしよったんよ」
「そうね」
しばらくイトキョンとそんな話をしていると、シマちゃんというパートさんが入ってきた。
「あ、しんたさん。今日は早いね」
「今日は一人やけね」
「ああ、そうか。ところで、今朝は寒かったねえ」
「朝やろ。あまり寒かったんで目が覚めた」
「私は今朝4時頃目が覚めたんやけど、外は真っ白やったよ」
「雪で?」
「うん」
「じゃあ、今日は出てくるの大変やったやろ?」
「いや、それほどでもなかったよ。出る頃には大分溶けとったけね」
その時、店内放送がかかり、シマちゃんが呼ばれた。
シマちゃんが出たのを見計らって、イトキョンが言った。
「ねえ、しんちゃん。シマちゃんって、どこに住んどると?」
「山の上」
「ああ、そうやろね。うちの周りには雪なんか降ってなかったもん」
「そうやね。平地には降ってなかったね」
「で、シマちゃんは、何で来よると?」
「雪の日はスキーで来るに決まっとるやん」
「そんなはずないやろ」
さすがのイトキョンでも、このくらいの嘘はわかるようだ。
ところが、その次の会話で、ぼくは目が点になった。
「ね、本当は何で来よると?」
「本当はリフトよ」
「ああ、リフトかあ。いいなあ」
「‥‥」
「わたし広島の芸北(スキー場)に行ったことあるけど、あそこにもリフトあったよ。あたり一面真っ白でね」
「イトキョン」
「え、何?」
「シマちゃん、何で来よるんかねえ」
「リフトよ。今、しんちゃんそう言ったやん」
「‥‥。あのねえ、常識で考えてわかるやろ」
「えっ、何が?」
「民家にリフトなんか引くかねえ?」
「ああ、そうか」
「何で、あんたは人の言うことを簡単に信じるんかねえ」
「だって、しんちゃんがリフトと言ったとたん、芸北の風景が目の前に広がったんやもん」
「それとシマちゃんの通勤手段は関係ないやん」
「そうよねえ。ハハハ」
『イトキョン、大丈夫か?』
ぼくは、ちょっと心配になった。