「痩せたねえ」
久しぶりに前にいた職場に行った。
いつも隣の店には行っているのだが、忙しいためなかなかそこに立ち寄る時間が持てない。
たまたま今日は、銀行に行く時間をもらい、そのついでに店に寄ったというわけだ。
ぼくがその店に行くのは、先月の頭に部門閉鎖になって以来のことだから、1ヶ月ちょっとぶりになる。
その部門閉鎖の際に、みんなバラバラになってしまったわけだが、中には残っている人もいる。
イトキョンもその一人である。
、彼女は「薬品と化粧品の売場は存続させる」という会社の意向のおかげで、転勤の難を逃れたのだ。
今日、ぼくが立ち寄った時、たまたまそこにイトキョンがいた。
ぼくが「イトキョン、元気?」と言うと、キョトンとしていた。
彼女は、一瞬誰なのかわからなかったようで、化粧品の子が「あっ、しんたさん、お久しぶりです」と言ったので、ようやくわかったようだった。
「あー、しんちゃんか」
「あんた、相変わらず人の顔覚えきらんみたいやね」
「いや、ちょっと考え事しよったけね」
「元気そうやん」
「いちおうね。それにしても、しんちゃん痩せたねえ」
「えっ、痩せたかねえ?」
「うん、顔が細くなって、前よりも目が大きく見えるよ」
「気がつかんかった。そういえば、最近ズボンがタブタブになった」
「仕事、きついと?」
「うん、このところ残業続きでね」
「残業?」
「うん」
「じゃあ、前と変わらんやん」
「いや、残業と言っても、前みたいにただ会社に残っとるだけじゃないんよ。2時間残業なら、2時間みっちり肉体労働やけね」
「ふーん、きついんだ。でも、肉体労働で痩せたんなら、健康的な痩せ方やん」
「そうやね」
イトキョンとしばらく話したあと、ぼくはそこで買い物をして帰ったのだが、イトキョンの『痩せたねえ』という言葉が気になっていた。
いや、別に痩せたことを気にしたわけではない。
何キロになっているのかが気になったのだ。
ホームページを始めた頃から、体重はずっと75キロ前後だった。
どうにかして70キロ、せめて72キロにまで持って行きたいと思い、努力をしていたわけだ。
しかし、食事を制限したり、たまに運動したりしても、なかなか体重は減るものではない。
そのため、半分諦めていたのだが、イトキョンの『痩せたね』発言である。
「イトキョンがあそこまで言うんだから、もしかしたら、72キロになっているかもしれん。いや、きっとなっているだろう」
帰る道々、ぼくはそんなことを考えていたわけだ。
仕事中もずっとそのことが気になっていた。
「もしJR通勤に変えたら、家から駅まで15分と、電車を降りてから会社まで15分の計30分歩くことになる。往復だと1時間か。それだけ歩いたら、もう少し体重は減るかもしれん。このまま一気に70キロに持って行こうか…」
家に帰る頃には、すでにぼくは70キロになっているような、爽快な気分になっていた。
ということで、家に帰ってから、さっそく体重を量ってみた。
例の体脂肪も測れるタイプのヤツだ。
体重計に乗ってみると、まず体重が表示された。
「えーっ!?」
おかしい。
何度やっても、表示画面には74キロとしか出てこない。
1キロしか痩せてないのだ。
このくらいなら、風邪を引いた時の体重と変わらない。
しかも体脂肪は、前に測った時と同じく『やや過剰気味』の18.4パーセントのままである。
顔やせした分、また腹回りの肉が落ちた分、いったいどこに体重は移動したのだろうか?
1キロ軽くなった分、ぼくの気は重くなったのだった。