頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう!

肉飯

前の会社に入ったばかりのころの話である。
入社して数週間後に、ぼくは広島に研修に行かされた。
その時、広島にかぶれていた先輩社員から「おこのみ村のお好み焼きはホントうまいんじゃけ」と言われて、食べに行ったことがある。
もちろんぼくは広島のお好み焼きが有名なのは知っていたのだが、まだ食べたことはなかった。
仕事が終わり、ぼくは胸を弾ませておこのみ村に向かった。

その時ぼくはそば入りを頼んだのだが、口にしたとたん、思わず「ま…」と言ってしまった。
『まずい』という言葉が口をついて出ようとしたのだが、その言葉を慌てて飲み込んだのだった。
何がまずいって、ネギとおたふくソースの味しかしないのだ。

翌日、広島かぶれの先輩が、「どうじゃった。うまかったろ?」と聞いてきた。
「…ええ」
本当は「あんなまずいものはなかった」と言いたかったのだが、それを言うと先輩の顔が潰れてしまうので、あえて言わなかったのだ。

それから何年かして、今度は地元で先輩と食事に行ったことがある。
その時行ったのは、先輩一押しのすし屋だった。
相変わらず広島にかぶれている先輩は、何年か前と同じように「あそこのすしは、ホントうまいんじゃけ」と言うので、その言葉に期待して行ったのだった。
ところが、運ばれてくるすしはどれもまずかった。
その時、Y子(今の嫁ブー)もいっしょに行っていたのだが、先輩と分かれた後、ぼくがY子に「あの先輩は、どういう味覚をしとるんかのう?」と言うと、Y子は「他のすしを食べたことがないんやないと?」と言う。
結局その時、先輩の味覚はおかしいということで、意見はまとまった。
それ以来、ぼくたちは先輩が「うまいんじゃけ」とお薦めする店には行かないようになった。

さて、今日のことだ。
用があって、嫁ブーと小倉に行った。
小倉に着いたのが、ちょうどお昼だったため、とりあえず昼食をとることにした。
「何食おうか?」とぼくが聞くと、嫁ブーは「○という店に、肉飯というのがあるんやけど、ホントおいしいんよ」と言う。
そこで、その○という店に行くことにした。

行ってみると、けっこう店は繁盛していた。
嫁ブーが「ほら、この店多いやろ」と得意げに言う。
それを聞いて、ぼくはてっきり、みな肉飯を食べているのだろうと思った。

お客が多かったせいで、ぼくたちはけっこう待たされた。
その間に、ぼくの中で期待が膨らんでいった。
嫁ブーお薦めの肉飯が運ばれてきたのは、注文して20分ほど経ったころだった。
ところが、運ばれてきたのは皿が一枚で、他のテーブルの上に乗っている食器とは違う。
そこでぼくは「他の人のと入れ物が違うぞ」と嫁ブーに言った。
「ああ、あれは定食やろう」
「みんな肉飯目当てじゃないんか?」
「ここは常連客が多いけ、そう毎日肉飯ばかり食べんとやないと」
「ああ、そうやの」

そんなことを言いながら、ぼくは肉飯を口に運んだ。
嫁ブーはぼくの顔をのぞき込み、「ね、おいしいやろ?」と言った。
「そうかのう」
「えっ?」
そう言って、嫁ブーは肉飯を口の中に入れた。
そして、「ああ、ここ代がかわっとるとるけ、味が変わったんかもしれんね。でも、おいしいやろ?」と言った。
「‥‥」

肉飯とは、肉といくつかの野菜を油で炒め、それを飯の上にかけてるという、牛皿のような料理だった。
しかし牛皿のようなルーなどはなく、炒めるのに使った油をそのままご飯にかけているだけだ。
これでは、肉入りの油かけご飯である。
しかも、いちおう塩胡椒はしてあるものの、あるのは油の味だけだった。

肉飯を食べ終わると、ぼくはすぐに店を出た。
そして後から出てきた嫁ブーに言った。
「おまえ年取ってから、味覚が先輩並になってきたのう」
「えっ?」
「おまえの『ホントおいしいんじゃけ』に騙されたわい」
「‥‥」
その後2時間近く、ずっと気分が悪かったのだった。