頑張る40代!

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伯父は共産主義者だった

知り合いに共産党かぶれの人間がいる。
この人、二言目には「おまえは『しんぶん赤旗』を読まんから、世相に疎いやろう」と言う。
別に『しんぶん赤旗』など読まなくても、世相に詳しい人はたくさんいるだろうし、『しんぶん赤旗』を読んでいる人すべてが世相に詳しいわけではないだろう。
高校の頃、よく郵便受けに『赤旗新聞日曜版』が入っていた。
ぼくは、それを毎週読んでいたのだが、世相に詳しくなんかならなかった。
もっとも、ぼくが読んでいたのは板井れんたろうのマンガ『六助くん』だけだったが。

共産党で思い出したが、ぼくの義理の伯父は、筋金入りの共産主義者だった。
戦前は治安維持法に引っかかって逮捕され、戦後はレッドパージ八幡製鉄をクビになった。
その後も共産党員として活動していたようだ。

伯父の家に行くと、当然のように赤旗新聞が置いてあった。
が、先の人みたいに、それを読んでいることを自慢するようなことはしなかったし、ぼくに「それを読め」などと言ったこともなかった。
たまに議論を闘わすこともあった。
そのたびに伯父はぼくに、「おまえは右寄りやなあ」と言っていた。
が、それを非難するようなことは一切なかった。

祖父の法事の時だった。
法要を終えた後宴会になったのだが、その折に坊さんが「先日、ソ連に行ってきましてねえ」という話をしていた。
坊さんはやや非難口調でソ連を語っていたのだが、それにカチンと来たのだろう、「いいや、ソ連に限ってそんなことはない。あんたはそういう見方をするから、そう見えるだけだ」といちいち反論していた。
そこにいた人たちは、みな「兄さん、ご住職はそんな意味で言ってるんじゃないでしょ」と言って諫めた。
が、聞くような人ではなかった。
さんざんソ連を賛美したあげく、持論を吐き、横になって寝てしまった。
きっと若い頃に憧れたソ連に、夢や希望を託していたのだろう。

伯父は会社を退職した後、大好きな釣りと読書三昧の余生を送った。
その頃にはすでに共産党からは脱退していたらしく、選挙のたびに立候補する共産党員を見ては、「あんな奴は、本物の共産主義者じゃない」と言ってけなしたものだった。
もはやその頃には、伯父の家には赤旗新聞は置いてなかった。
代わりに家にあったのは、なぜか読売新聞だった。

ある時、伯父は突然「腹が張る」と言い出し、それからまもなくして亡くなった。
‘92年1月のことだった。
ソ連が崩壊したのが、その1ヶ月前のことだったのだが、もしかしたら伯父の死は、それに気落ちしての死だったのかもしれない。

そういえば、その前年、「しんた、何か本を貸せ」と言って、うちに来たことがある。
興味深くぼくの書棚を見ていたが、ある本に伯父の目が釘付けになった。
歴史物が多くあるぼくの書棚だが、伯父が選んだのはそういう本ではなかった。
その本は、道元の『正法眼蔵』だった。
「これ貸してくれ」
「ああ、いいよ」
ということで貸したものの、その本はいつまで経っても返ってこなかった。
そこで伯父が亡くなった後、伯母に「おいちゃんに『正法眼蔵』貸しとったんやけど、あれどこにある?」と聞いてみた。
が、伯母は「え、そんな本読んでたかねえ。見たことないよ」と言う。
伯父の書棚を探しても、その本は出てこなかった。
もしかしたら、あの世に持って行ったのではないだろうか。
そうであれば、唯物論共産主義崇拝者が最後に選んだ本は、唯心論の仏教書だったということになる。
共産主義は、魂を救ってくれなかったのだろう。